ハートのマークで有名な格付け3級のシャトー・カロン・セギュールは、サン・テステフ村の、しかも、メドック格付け61シャトーの最北端に位置しており、砂礫と鉄分 の多い石灰質土壌を主とした広大な畑を有しています。この地はローマ時代から名を馳せていましたが、シャトーとしての評判を確立したのは、18世紀にセギュール侯爵がシャトーを所有する時代となってからです。
セギュール侯爵は、5大シャトーの「シャトー・ラトゥール」や「シャトー・ラフィット・ロートシルト」、「シャトー・ムートン・ロートシルト」を始めとする、数多くの一流シャトーを所有していた人物で、その所有する畑の広さから“葡萄園の王子”との異名がつくほどでした。
侯爵は、どの一流シャトーよりも「シャトー・カロン・セギュール」をこよなく愛しており、「われラフィットやラトゥールをつくりしが、わが心カロンにあり」というあまりにも有名な言葉を残し、そのエチケットには、所有者であるセギュール候のこのシャトーに対する愛情を示す証左として大きなハートマークが描かれることとなります。
しかし、客観的に考えてみると、当時ポンパドール夫人に愛飲され、フランス宮廷を席捲していた「シャトー・ラフィット・ロートシルト」や「シャトー・ラトゥール」より、「シャトー・カロン・セギュール」が優れていたはずはありません。 シャトーの歴史を見ると、1718年に、ジャン・ド・ガスクトンの娘が当時カロン・ド・サンテステフと呼ばれていた葡萄畑を持参金として嫁ぎ、これにより、セギュール侯爵の所有に至っています。
従って、有名な「われラフィットやラトゥールをつくりしが、わが心カロンにあり」という名文句は、シャトー・カロン・セギュールというよりも所有者であったその妻に対する愛情の言葉と考えた方が良いかもしれません。
ところで、今や人口に膾炙し、ほとんどのショッピング・サイトでカロン・セギュールの商品紹介に使われているこの「われラフィットやラトゥールをつくりしが、わが心カロンにあり」という名文句、フランス語では一体なんと言われたのでしょうか?
その答えは、下のフランス語の文章の通りで、シャトー・カロン・セギュールを訪問するとこの言葉が壁に掲げてあります。
この逸話とエチケットゆえに、日本ではご結婚やバレンタインのプレゼントに絶大な人気を誇るワインとして定着し、また、ワインブームの火付け役的な存在でもある人気漫画の「神の雫(2巻)」でも紹介され、更に、人気映画俳優ジョニー・デップが「マダム・フィガロ」誌とのインタビューで、大好きなワインとしてこのカロン・セギュールを挙げる等、話題にはこと欠かず、人気に一層拍車がかかり、毎年バレンタインの季節には品切れとなっています。
しかし、カロン・セギュールの不幸はこのハートラベルが逆効果に働き、世界中で本当の美味しさが出る前に飲まれてしまっていることで、熟成を待たずにほとんどのカロン・セギュールが購入・消費されてしまうために、市場に出回るのは若いヴィンテージのものばかりで、いざ熟成したカロン・セギュールを買おうと探しても、なかなか見つからないのが現状なのです。
実は、シャトー・カロン・セギュールは、ラベルの可愛らしさとは裏腹に、非常に力強く凝縮感があり、どっしり重いフルボディの長熟型ワインなので、熟成させるためには、短くても7年、できれば10年は必要とされているのです。
このようにシャトー・カロン・セギュールは、エチケットの話題性だけではなく、素晴らしい熟成も期待でき、一級シャトーにも劣らないと言われるほど、高品質で魅力的なワインですが、2006年、醸造責任者にシャトーマルゴーの醸造スタッフだったヴァンサン・ミレ氏が就任し、様々な改革に着手し、エレガンスやフィネスをプラスさせたカロンセギュールを造り上げています。